会報誌(DDKだより)
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2026年01月発行 第380号 DDKだより
巻頭:お江戸見たけりゃ佐原へござれ 佐原本町江戸優り
青木 正
皆さま 本年もよろしくお願い申し上げます。
先日 ’北総の小江戸 佐原’ を散策してまいりました。佐原は江戸幕府の天領にして商人たちが治めた村、廻米、酒造、舟運が発達し、銚子から江戸への利根川水運商村として、そのにぎわいは ’江戸にまさる’ とまで謳われました。
江戸中期その佐原村商家から、ある’九十九里生まれの聡明利発な男子’ に白羽の矢が立ちます。彼は十代の若さで請われて入り婿、時が経ち隠居後の50歳から江戸に出て天文観測を学び、55歳にして巨額な私費を投じて自ら全国を歩行測量、第二の人生をかけた一大事業として、史上初の詳細な日本全国地図を完成させるという世紀大偉業を成し遂げかけたそのまさに3年前、誠に無念の極みながら最終完成地図を見ること叶わず73歳で没したのが伊能忠敬です。
若き日の忠敬は商家主人として、のちに村名主としてその商才を如何なく発揮します。伊能家は代々、酒造業、醤油業、貸金業、舟運業などを営む商家ながら、業績不振が長く続いたことで聡明な娘婿の忠敬に期待がかかりました。彼は様々なアイデアを駆使、家業引継時からの売上・利益を十数倍に拡大するだけでなく諍いの仲裁にも才を発揮、功績を認められ村名主から村方後見役、そして38歳の商人にして幕府から名字帯刀を許されるまでになります。東北や関八州が飢饉の折は早々に上方から米を多く買い入れ、比較的価格が通る江戸ではそれなりの値で売り、地元や近隣の庶民には原価度外視の安値で分け、佐原村とその一帯からは一人の餓死者も出さなかったと記録に残されています。
佐原では伊能忠敬を親しみと尊敬を込めて ‘ちゅうけいさん’ と呼び、心なごむ水鳥の群れが楚々と泳ぐ小野川両岸を築200年古民家町並み保存地区に設定、町の皆さまが力を合わせて歴史探訪好きな観光客誘致に力を注いでいます。勝海舟がひと月逗留したという昔ながらの杜氏製法を守る蔵元、伊能家に代々お茶を納入していた創業250年の茶舗、食材の地産地消を命題にお料理を提供する古民家・蔵をリノベーションしたお宿などなど。
妻と1泊2日の気ままな2人旅の締めに ‘佐原町並み交流館’ を訪ね、佐原をいろいろ知りたくてここに来ましたとお話ししたところ、館長さまから市刊行非売本をいただき、 ‘ちゅうけいさん’ のいろいろな逸話を拝聴することができました。
たまには都会の喧騒を離れ、小江戸情緒にふれてみるのもいいものですね。