会報誌(DDKだより)
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2025年06月発行 第373号 DDKだより
巻頭:続 床屋のぼやき
石田 仁
11年前、消費税率8%導入の頃。商店街の床屋さんのぼやきを紹介しました(DDKだより245号、2014.10)。
値上げするのとたずねると「うちみたいな小さいお店が、値上げすれば、お客さん、みんな格安店に行っちゃうよ」とそっけない。最近は常連客ですら来店頻度が落ちているとのこと。「遠くからわざわざ来てくれるお客さんもどんどん減っているし、昔みたいに、冠婚葬祭であらたまって髪を切る人も少ないんだよ」とぼやかれた。
この床屋さん、文句ばかり言うが、皆が嫌がる役員を引き受ける商店街や地域における縁の下の力もち。この土地でこの「なりわい」でつつましく生きている真面目な店主。
当時、内装を一新、足が上がり、楽に横になれる電動椅子を採りいれ、勝負に出たのです。壁面には、登山で撮った山の絶景や花、鳥の写真。眉カット、肩もみ、耳掃除もこれまで通り。帰り際、山で採った湧き水で美味しいコーヒーをいれてくれた。私の憩いのひと時。
昨年12月、散髪が終わり、奥さんが「うち、今月で店閉めて、自宅でやるから。来てくれるなら、ここに電話してね」と電話番号を渡された。店主は、頭を下げ、ひたすら恐縮至極。創業40年を超え、私の散髪も常にこのお店とともに。今どき、床屋が家賃払って、経営するのは大変だなと実感。場所は自宅の外の「駐車場」と聞き違え、寒い冬の間は行けないと思い込む。
急ぎ、新しい床屋を探す。半径500メートル圏内に何軒もあるが、格安カットのお店が多く、気がすすまない。できれば長く続けられる若い床屋さんがいいと思い、町中、自転車で探索するが、高齢の床屋さんが多い。やっと見つけた若手のお店。前なら、「気持ち短めに」と注文すれば、後はお任せ。慣れてないので、細かい注文ができない。店主は、気を遣い、「こんな長さでいいですか」と見せてくれるが、面倒なのでそのままで終了となる。いつものような納得、満足感がない。
暖かくなってきた3月、お彼岸の日。厚かましく、今日はやってもらえるか電話で打診する。「午前中は墓参りだから午後なら大丈夫よ。3か月もたったから他店に行ったのか」とどこまでも優しい奥さん。早速、自宅前でご主人がお出迎え。散髪の場所は、玄関の中。椅子が置いてあり、「狭くて、ごめんな」と手際よく髪を切り始める。奥さんも交え、世間話をしながら散髪。ついでに洗髪してもらい、久々に落ち着いた気分になれた。
当分は、この散髪屋さんにお世話になろうと思う。
店主は、もうぼやかない。ひたすら自分が磨いた技をたんたんとこなし、楽しそう。頑固に、自分の意思を貫き、自宅で髪を切り続ける床屋の生き様にエール。