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会報誌(DDKだより)

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2017年07月発行 第278号 DDKだより


巻頭:ことば


椎名 敬一

駅への道すがら、幼稚園の送迎バスに出くわしました。見ていると、バスから初老の職員が降りてきて、にこやかに挨拶をし、可愛らしい園児たちを乗せて行きました。職員の丁寧な物腰、綺麗な言葉遣いに、「ああ、素敵な方だな。」と清々しい気分になりました。
 それが電車に乗ると一転。多くの人が周囲を無視するかのように、イヤホンをして、一心にスマホに目をおとしています。「失礼。降ります。」の声掛けもなく、目の前の人を押しのけて降りる強引な人。言葉がなく他人との関係性が薄れていくのを感じます。
 言葉は、生活や文化の変遷とともに変化し、私たちはその変化を受入れながら今の言葉を使っています。それでも、若者の言葉は到底美しいとは感じられず、私には受け入れがたいのです。「とりあえず、まあ」を「とりま」にしてしまう訳の分からない簡略語。人を煙に巻くようなカタカナ語。ら抜き言葉の横行。うんざりします。
 「美しい言葉」を手繰っていくと「大和言葉」にゆきつきました。大和言葉とは「(漢語・外来語に対して)わが国固有のことば」のことで、漢字の読みなら、訓読みです。響きの優しい大和言葉に心が惹かれます。それは日本の風土で生まれ育った言葉だからです。現下の地球温暖化で日本の風土、気候も変わってしまうと大和言葉が醸し出す風情を世代間で共有できなくなってしまうかなと寂しさを覚えます。
 「言霊」と言う言葉があるように、古代の人々は、言葉に霊力が宿ると信じていました。美しい心から生まれる正しい言葉は、良い結果を実らせ、乱れた心から生まれる粗暴な言葉は禍をもたらす、と信じていました。私たちが宴会の終わりを「お開き」と言う言葉で表すのもその名残です。
 言葉は、人を勇気付け、喜ばせ、優しさや感謝の気持ちを伝える事ができる素敵なものです。一方、人や自分の心を汚し、傷つける力も持っています。叱責するときでも、「相手を責めるのは突く針、相手を思いやる言葉は注射の針」と言います。言葉とともに、話し手の心のありようが大切とつくづく思います。
 最近深刻なのは国会での答弁。「丁寧」の意味を平気で曲げて使い、自分の地位を守るのに汲々として詭弁を弄する大臣が多いのは情けない限りです。彼らは本気で「美しい日本」を目指しているのでしょうか?嘆いていても仕方ありません。人の振り見て我が振り直せ、ですね。身近なところから、少しずつでも美しい日本語を使えるようになり、微力ながらご先祖様に誇れる「美しく新しい日本」を残したいという大いなる野望(?)を抱く近頃です。
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