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会報誌(DDKだより)

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2009年11月発行 第186号 DDKだより


巻頭言:核密約と「核の傘」


亀井 賢伍

新政権が大臣命令で日米間の密約の調査を始めました。①1960年安保条約改定時の核持込み密約、②同じく、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動密約、③1972年沖縄返還時の有事の際の核持込み密約、④同じく、沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わり密約の4件です。ここでは①の核持込み密約にしぼって述べます。
眼目は、核兵器の持ち込みについて、地上配備(イントロダクション)と核兵器を積んだ艦船や航空機の立ち寄りや通過(エントリー)を区別し、後者(エントリー)は事前協議の対象外つまり出入り自由としたことです。「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則のうちの「持ち込ませず」を予め空洞化したのです。59年に「討議記録」の形で協定し、63年に大平(外相)・ライシャワー(駐日大使)会談で再確認しました。この秘密協定は米国でいったん公開されましたが、99年12月に日本の要請で再機密化されました。
のちに首相になった大平さんは憂い顔でよく独り言をつぶやいていたと側近が証言しています。聞こえた言葉は「イントロダクション」だったそうです。
この協定は、国会の党首討論や、歴代外務事務次官の証言でも注目されていました。米国は,攻撃型原潜に核巡航ミサイル「トマホーク」を積載する態勢を今も継続しており核密約は過去の問題ではありません。「日本が『核の傘』に守られている以上、核兵器持込みの取り決めがあるのは当然」と言明する元政府高官もいます。「核の傘」と「核密約」とは不可分です。
いまこそ核密約を公開・廃棄し、「核の傘」から離脱して、名実ともに「非核の日本」とし、核廃絶の先頭にたつのが被爆国日本の責務です。
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